Web Magazine hamatra

スタジアムを熱く、楽しくする横浜F・マリノスサポーターのためのウェブマガジン「Web Magazine hamatra」(ウェブマガジン ハマトラ)  Presented by NPO法人ハマトラ・横浜フットボールネットワーク

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hamatra My First Game 017:かわ(1995年11月25日vs鹿島アントラーズ)

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マリノスが好きになったキッカケは何ですか?
今の観戦や応援スタイルに行き付いたキッカケは何ですか?

あの試合があったから今がある。
あの試合があったからここにいる。

そんな思い出に残っている試合を語ってもらう My First Game

今回は、かわさんによる1995年11月に行われたvs鹿島アントラーズの試合です。

今回は「かわ」さん(自己紹介)

皆様こんにちは。かわ(@kawayasu1985)です。

日産スタジアムでは2階ゴール裏で選手の後押しをしています。
それ以外にも、スタジアムではビッグフラッグ隊のお手伝いをさせていただいたりしています。

アウェイにも出来る限り、参戦しています。

また、サポーター活動として、港北区の日吉・綱島地区のポスター活動の取りまとめもさせていただいたいます。
みなさんもぜひ参加していただいてくれると、(個人的に)とてもうれしいです。


マリノスを知るきっかけ

1993年にJリーグが開幕したころ、私自身もサッカーを始めました。
毎節、地上波でJリーグの試合中継が放送されていたので、サッカーをもっと知ったり、上手くなりたかったため、中継があるとテレビの前から離れることなく、プロのプレーを観ていました。
そうした中で、Jリーグには「横浜マリノス」というチームがあることを知りました。


My First Game

1995年11月25日(土)
JリーグNICOSシリーズ 第26節
横浜マリノス 3-0 鹿島アントラーズ
@横浜市三ツ沢公園球技場
得点者:20'上野良治(横浜) 46'ビスコンティ(横浜) 84'ビスコンティ(横浜)


マリノスを好きになったきっかけ

たまたま、何かの雑誌の懸賞の景品でJリーグのチケットに当選し、父親と三ツ沢へ向かいました。
スタジアムの中に入った瞬間、11月とは思えない熱気を感じました。

そして、試合開始。
上野選手のヘディングシュート。
ビスコンティ選手のボレーシュートとPK。
見事にマリノスが勝ちました。

3-0と快勝したのですが、なぜか試合を通して私は守備の方に目が行きました。
井原選手や川口選手のプレーにあこがれるようになり、私もこのころからゴールキーパーをやるようになりました。
そして、このころからマリノスが好きになるようになりました。


マリノスを気にしてはいたけれど・・・

小・中・高と部活に明け暮れていた私は土日も練習や試合があったため、なかなかマリノスの試合に行くことができませんでした。
1年で1~2試合、5試合行ければ良いほうでした。

それでもサッカーマガジンやサッカーダイジェストを買い、マリノスのことをずっと追いかけていきました。
TVゲームでJリーグのチームが収録されていれば、マリノスを自然と選んでいました。

大学生になり、ようやく試合に行けるようになりました。 当時はSブロック席で観戦していました。

なかなかゴール裏に行かなかったのは、そもそもきっかけがなかったのと私自身がゴール裏との距離を置いていて、一歩下がった状態の気持ちだったからかもしれません。


ゴール裏に向かったきっかけ

2010年シーズン、人生で初めて年間10試合を超えるマリノスの試合の観戦をしました。
中村俊輔選手がマリノスに復帰したというのもありますが、社会人になって土日休みで安定したというのもありました。

しかし、シーズン終盤に多くの主力選手と2011シーズンの契約更新をしないというニュースが入りました。

ホーム最終の大宮アルディージャ戦。
私はSブロック席で観ていましたが、松田直樹選手のあいさつやゴール裏のサポーターの姿を見て、「来年こそはゴール裏でマリノスを応援しよう」と思うようになりました。

2011年、最後のSブロック席にしようとして購入したホームでの川崎フロンターレ戦のチケット。
しかし、そのチケットを使うことはありませんでした。


未使用のチケット

東日本大震災によるリーグ中断期間後も、なかなかゴール裏に行けず、うろうろする日々。
そんなある日、ある人から「ホームでの川崎フロンターレ戦のウイマリ配布」のお誘いを受けました。

お誘いを受けたとき、「何だか知らないけど、行った方がいい気がする!」と感じ、桜木町駅に足を運びました。

はじめはなかなか声に出せず、全然配ることができませんでしたが、周りの皆様のサポートなどで配れるようになりました。

ウイマリ配布後にお話しした人から今度は「ポスター更新活動(ポス活)のお誘い」をいただきました。

サポーターが街の色々なところでマリノスのポスターを貼る活動をしていることは知っていましたが、なかなか参加する勇気がわかない中で、この時ばかりは参加しようと思いました。

この時に誘っていただいたのが今活動している「港北区」のポス活でした。
とても楽しかったのを今でも覚えています。

そこで、ビッグフラッグ隊の存在を知り、今度はビッグフラッグの掲出にも参加させていただくことになりました。

ビッグフラッグの掲出時にはまだゴール裏には行くことができず、ふらふらしていましたが、ある試合のビッグフラッグの活動の時に荷物を突然、奪わ・・・、置いてもらいました。
港北区のポス活に参加したときにお世話になった、前回の「My First Game」を書いたアキさんでした。
その試合は結局置いた荷物のある二階ゴール裏で観戦することとなりました。

その試合での応援がとても楽しかったので、次の試合からも自然とその場所へ行くようになり、今でも2階のゴール裏で選手の後押しをしています。


さいごに

上記でも書きましたが、ポス活やビッグフラッグ、サポーターバス、フットサル等、様々なファン・サポーターによる活動がありますし、Twitter等のSNSで気軽に参加できるようになったと思います。

こういった活動に参加することで、多くの人と「横浜F・マリノス」という共通のアイテムで人生の幅が広がるのではないかと感じましたし、実際に私は幅が広がったなと感じました。

私自身、もともと埼玉出身だし、社会人のはじめは東京に住んでいました。
でも、たまたま初めてのサッカー観戦がマリノスだったことで、様々な活動や人とのつながりを持った結果、マリノスがもっと好きになり、ついに日産スタジアムのある港北区に5年前に引っ越しました。
マリノスがある街に住んでいるだけで、なんだか幸せな気持ちです。

また、個人的には是非、日産スタジアムのある港北区のポス活に参加していただけるとうれしいです!

www.webmagazine-hamatra.com

皆様の参加、お待ちしております。


次回の「My First Game」

次回の「My First Game」は私と同じ誕生日のお姉さん、ゆみさんにリレーします。
よろしくお願いします。



text:かわ(@kawayasu1985)
edit:はち(@hachhing

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