ドラゴンボートという競技をご存知だろうか。
各所に散らばった7つの玉を集める競技ではない。それはドラゴンボールだ。
直訳すると「龍の船」の名の通り、船首にドラゴンの頭がついた船をこいでタイムを競うボート競技である。
1名の太鼓、10~20名の漕ぎ手、1名の舵取りで行うボートレースで、
1976年に香港で「ドラゴンボート」と名称を統一して国際的スポーツに発展し、
以来、世界中の中華街がある地域を中心にレースが開催されている。
このドラゴンボートレース、横浜大会は今年で15年目になるが
マリノスサポーターは第5回大会、つまり2007年大会から出場している長い付き合いなのだ。
2007年にもし子供を産んでいたら10歳である。学年にして大体小学5年生。
マリノスケ1羽が育つほどの付き合いだ。
ここからは、マリノスサポーターのドラゴンボートのなれそめと
今大会の涙なし、笑いありの一部始終にお付き合いいただきたい。
なぜマリサポはドラゴンボートを漕ぐのか?
出場に至るまでのきっかけは2つある。
マリノスというチーム名を横浜の地域に根差そうというサポーター活動の一環で、
試合日以外もユニフォームを着て何か活動をしようということ。
また、マリノス(MARINOS)というチーム名はスペイン語の「船乗り」という意味であり、
ドラゴンボートレースに出場することで我々が本物の船乗り(MARINOS)になれること。
「なぜボートをこぐのか、そこにボートがあるから」と表向きには答えてきたが、
中華街のある港町・横浜ならではの企画で、この上なく「この街にはマリノスがある」をPR出来るのだ。
「ドラゴンボートに出るなんて、夢みたい!」
「ドラゴンボートに出ることになった」と言うと
決まって「絶対そういう大会に出場するタイプじゃないと思っていた」と反応が返ってくる。
今までフットサルに誘われても家でぐうたら寝ていることを選んできたツケである。
しかし、このドラゴンボートレースはずっと憧れていた大会だ。
理由は2つ。
以前、筆者は横浜マリンタワーという山下公園前の観光施設で働いていた。
毎週末横浜の海沿いでイベントが行われているのを目の前で見ていたが、
中でも一番盛り上がっていたのがこの横濱ドラゴンボートレースだった。
↑ ドラゴンボート当日は出店やステージが出て山下公園や中区全体がお祭りのようになる
山下公園海上のハッピーローソン側から、氷川丸まで距離にして260メートルを競うボート達。
最初は面白半分で見ているギャラリーがどんどん真剣に応援し出す魔力があるのだ。
ビジュアルもスピードと迫力があって、掛け声や公園に響く実況も素晴らしい。
もう1つの理由は香港が好きで、何か香港らしい文化を体感してみたいと思っていたこと。
観光に行く度に香港が大好きになり、その度にカンフーや太極拳に挑戦したが早起きが難しくて断念した。
でもボートなら遅起きの私にも出来そうである。やるならドラゴンボートだと思っていた。
しかし1人でボートは漕げない。いつかドラゴンボートのチームに入ろうとさえ考えていたのだ。
↑ 香港MTRのドラゴンボートの看板の前にて
だからマリノスサポーターがドラゴンボート大会に出ていると知った時はすごく驚いたし、
「いつか絶対に出場する!」と心に決めていたのである。 さあ、時は来た!!!
事前準備
ミーティングにあの彼が乱入?!
今回、マリノスサポーターからは2艇が出場する。
「横浜ギャル☆マリノス」艇と「マリノスサポーターN15」艇だ。
筆者はN15艇で出場する。
N15とはスタジアムの出入り口ナンバーのことで、ゴール裏の右寄り、
選手アップ時にマリノスケのステージがある周辺のことを指す。
試合日には顔合わせや当日の流れなどをレクチャーする為、事前ミーティングも行われた。
綿密に構成された資料、取りまとめて下さった方々には感謝しかない。
↑ この分厚いしおり!本当に丁寧な作りなのです。
メンバーは国籍も様々、年代も幅広い。
改めてマリノスサポーターの多様性を感じる。
一見バラバラなようだが、毎週末同じエリアで応援している仲間。
初対面でも息の合い方には自信がある。
ミーティング中、なんとマスコットのマリノス君が鼓舞に来てくれた。
「みんな集まって何をしているの?」 「今度ドラゴンボートに出るんだよ」 「すごいぞ!がんばれ!」
俄然やる気の出るサポーター達。マリノス君が応援してくれたら百人力だ。
Tシャツお渡し会
N15艇は毎年おそろいのTシャツで出場しているとのことで
今年もオリジナルのおそろいTシャツを用意して下さった精鋭メンバーがいる。
N15艇Tシャツのデザインコンセプト
— mtk_kane (@mtk_tricolore) 2017年4月22日
① 日産スタジアムのN-15のエリアに☆を置く。
② ホーム自由席に相当する部分にラインを引く。
③ 真ん中にN15と書く pic.twitter.com/wrFpu8Rapr
こうしてTシャツ班メンバーのアイデアを集め、かっこいいシャツが出来あがった。N15艇Tシャツのデザインコンセプト
— mtk_kane (@mtk_tricolore) 2017年4月22日
④ スタジアム画像を消す。
⑤ 整形・バランス調整。
という感じです! pic.twitter.com/1RptCYTOEq
当日、全員分のシャツをまとめて持っていくのは重いので
事前に受け取れる人向けに横浜市内某所でシャツのお渡し会を開催。
本物を手に取るとジーンと感激する。 着るのが楽しみで仕方ない。Tシャツ受け取りました!
— mtk_kane (@mtk_tricolore) 2017年5月25日
頭の中で描いたモノが実物になって手にすること、この瞬間が一番楽しかったり。
引き取り、仕分けをやってくれたゆみ、ぴー、ミノありがとう。 pic.twitter.com/gNbAjHNi6F
さあ、歓喜の大海原へ。 横濱ドラゴンボートレース当日
いよいよ当日!
朝6:00、山下公園へ向かう。
早起きが苦手だからとドラゴンボートを選んだ私がなぜか早起きをしている。
完全に計算ミスであるが、足取りは軽い。
練習とマインドリセットと土下座
木陰のレジャーシートでまどろんでいると、7:00に集合命令がかかった。
実際に海に出てボートを漕いで練習をするのだ。
実はここまで陸上でのエア練習も一切して来なかった。現時点ではパドルの持ち方も分からない。
大会の数日前、ドラゴンボート経験者の友人から
「横浜大会は各国大会の中で一番沈みやすい大会かもしれないね」と言われていた。
ゴール付近の氷川丸が巨大な壁と化し、波を跳ね返すので
そのあたりの水流に巻き込まれ転覆する船が後を絶たないという。
なんだと…。 海の藻屑になるのは怖くないが、笑い者になるのは恥ずかしい。
乗船場で受け取った救命胴衣にはホイッスルが付いており、
こんな時に限って映画「タイタニック」のラストシーンを思い出す。
脳内は「沈」の1文字、セリーヌ・ディオンの歌声がずっと流れている。
↑ 乗船場。ここで救命胴衣と木製のパドルを受け取りボートに乗り込んだ。
海上に出てみると、波がゆったり心地良いのだが
作りは浅くシンプルなボート、少々、いや結構不安定じゃないか…。
あっ…!!
メンバーが1人寝坊して乗船出来ていないから、体重のバランスが崩れているのだ…。
しかし寝坊常習犯の私に彼を責めることは出来ない。
彼が無事にたどり着いて本番一緒に戦えることを願うだけだ。
こういうハプニングこそ一番の醍醐味だったりして楽しい。
フェリーやシーバスの揺れとは違うダイレクトな揺れと、ボート内に容赦なく入ってくる海水に
周りを不安にさせることを言ってはいけないと思いつつも
思わず「キャー」とか「どうしようどうしよう」と言ってしまっていた。
↑ 練習直前。ボートに入ってくる水を桶で掻き出すが、水面も近くかなり不安定。
そんな私に同乗していたサポーター達が
「大丈夫!」「パドルはこう持つともっとラクだよ」「もっと手を海水に入れていいよ」と
頼もしく、でも優しく声をかけてくれた。
そうだ、もし船がひっくり返ったとしても泳げるし何も怖くない。
ただ人に笑われるのが嫌だというだけで消極的になっていたのだ。
周りのサポートのお陰でマインドリセット出来た。
普段、試合を熱心に応援しているメンバーだからこそのサポーターシップだ。
↑ 陸上練習もしました。この後草むらで裸足のまま犬のフンを踏むメンバー続出。
特にN15は客席に向けてチャントの歌詞カードを出したりと
初心者サポートに手厚いメンバーだということを思い出す。
ボートに慣れるので精いっぱいだったが、なんとか自分にも出来そうである。
陸に戻ると土下座をして待っているKさんが出迎えてくれた。
ここで一気に空気が和やかになり、勝負の前の余分な緊張も消える。良い雰囲気だ。
ギャル☆マリ艇の大健闘とマリノスサポーターたちの本業
N15艇と同日に出場したもう1つのマリノスサポーターの船乗りたち、
それは「横浜ギャル☆マリノス」艇。
太鼓・舵取り・漕ぎ手の全員が女性で構成されたチームである。
ギャルマリ艇の出番は2レース目。
まだレース自体がはじまったばかりで緊張のチームが多い中…
早い早い…!! 圧倒的スピードでかなりの好タイムを叩き出したギャルマリ艇!
09:10 [横浜ギャル☆マリノス]予選1本目 のタイムは1:58。これは良い数字ですよ!
— NPOハマトラ公式 (@hamatraofficial) 2017年5月28日
船員の体重も軽く、いつも応援で使っている持久力を活かしてスピードも安定している。
そして陸上でもマリノスサポーターの勢いは止まらない。
応援と聞いたら全力を出してしまうのが私たちサポーターという生き物だ。
これからレースに出る余力を残すのも忘れて山下公園にチャントを響かせていた。
こんなに賑やかな応援は世界中のドラゴンボートレースを見ても珍しいのではなかろうか。
横浜ギャル☆マリノス艇を応援するマリノスサポーター達。
— ささゆか (@ice_rosa) 2017年6月27日
世界各地で行われるドラゴンボートレースの中でもチャントが響く会場は珍しいかもしれない。 pic.twitter.com/O56kn3W4t7
ギャルマリ艇はタイムも早く、力強いチームなのだがオシャレも忘れない。
見よ!このトリコロールのつけまつげ!きれい~!
レースの邪魔にならない範囲でファッションを楽しみ、結果も出す。
筆者は次週に同場所で行われたドラゴンボートレースの観覧もしたが、
その際に会場内アナウンスで「先週は船員全員が女性のチームも出ており…」と絶賛されていた。
まさに大会側からも注目のチームで、マリノスの誇りと強さを美しく魅せたのである。
見せつけろ、マリノスを!レース本番!
いよいよ本番だ。
↑円陣で気合十分!ぴーさんから「自分を信じろ!(舵取りの)俺を信じろ!」のアツい言葉
救命胴衣とパドルを受け取り乗船する。
海上までボートを漕ぎ進めると、陸からの応援の声もよく聞こえた。
トリコロールのユニフォームと旗を持ったマリノスサポーターの集団は
ビジュアルにもよく目立ち、距離はあるのに表情もくっきりと見える。
その声と表情は、いつもの試合と同じく全力だ。
絶対にその声援に応えよう、結果を出してやる、と引き締まった。
会場アナウンス「パドルを上げて、用意」
ブーーーーーーー
レース開始の合図が鳴り響き、一心不乱に漕ぐ。
後ろの同乗者から「良いペースだ!」との声が聞こえ、俄然やる気も沸いてくる。
アナウンスは漕ぐのに夢中で聞こえなかったが、横に誰も並んでいないのは見える、
3隻中1位だ…!このままタイムを縮めたい!
…しかし気持ちに体が付いてこない、運動会のお父さん現象だ。
やる気はあるのに、赤い靴の女の子像を越したあたりで腕が上がらなくなる。
まさにマラソン中のような「自分との闘い」の時間に入った。
しかしそのタイミングで山下公園を歌いながら爆走している集団が目に入る
マリノスサポーターが旗を振り、チャントを歌いながら並走しているのだ。
山下公園の全長を走るだけでも大変なのに、歌いながら・旗を振りながら・ボートの速度に合わせて走るマリノスサポーターたち。
— ささゆか (@ice_rosa) 2017年6月26日
彼らの熱い応援を受けて力が出ないはずがありません。 pic.twitter.com/REuqlX8Ozw
ボートのスピードに合わせて走るなんて絶対に大変だろうに、こちらがへばってはいられない。
そして後ろの同乗者からも「辛いけど頑張るぞ!」「いけるぞ!もう少し!」と
あたたかい声が飛んでくる。声援のお陰で動かないはずの体が動く。
ゴール直前で隣のチームが前に出ていったような気がするが、ペースを崩さずゴール。
↑ トリコロールの勇者は背中で語る。 やりきったぞ。
タイムは1'43、3隻中2位。全体でも中位であった。安定の中位力。
しかし達成感は何事にも代えがたい。
転覆危険ゾーンも無事回避し、氷川丸側から大さん橋、
みなとみらいのビル群を 海上から望むのはこれまでに見たこともないほど美しかった。
この景色を見ずに横浜市民だと名乗れるか…。
↑見よ、この最高の笑顔!!
早く陸に戻らないと運営から注意を受けるが、漕ぐ時の掛け声は自由だ。
イチ、ニ、イチ、ニ、ではなく
「ビールが ないと 死んじゃうよ~~」ソーレ!
「ビールが ないと 死んじゃうよ~~」オイ!
と心の声が掛け声になった。総勢20人の頭の中はもう打ち上げでいっぱいである。
↑ サイダーのようにさわやかな笑顔で凱旋。しかし全員頭の中はビール。
この時の私の気持ちは太陽が反射する横浜港の海面のようにキラキラしていた。
思えばスポーツでも誰かの声援を受け続けた経験がなかったし、
仲間との達成感も学生時代以来だ。勇気を出して仲間に入って本当に良かった。
↑ 龍舟会やボート部などプロも多く出場する大会で大健闘のマリノスサポーター
この後、2回目のレースも安定の中位であったが
最後の円陣で「また来年も出場したい人はいるか?」の問いに
全員が挙手する光景も見られた。みんなが満足感でいっぱいだったのである。
横濱ドラゴンボートレース2レース目。
— ささゆか (@ice_rosa) 2017年6月27日
マリノスサポーターN15は一番手前の船です。
風の音からも分かる通り、船が陸に持っていかれるコンディションでも真っ直ぐに進みます。
そのボートと航跡の白い波はまさしくドラゴンのよう…。 pic.twitter.com/Khnd2VV8xe
私も同じだ。大げさな表現でなく、"最高の一日"を体感した。
またこの幸せを来年も、再来年も体感出来るのならば一生マリノスサポーターでいよう。
生まれながらのトリコロール、死ぬまでトリコロールだ。
まとめ
サッカーの応援を通じて見える世界が広がった
趣味とは不思議なものだ。ただの趣味では終わらない。
人との出会いがあり、出会った人たちと出会った目的以外のことを始められる。
だから新しいことにも挑戦出来て、それによって見える世界が広がる。
ただサッカーチームの横浜F・マリノスを応援しているだけだった自分が、
いつの間にか憧れのボートレースに挑戦しているのだ。こんなに面白いことはない。
私の脳内プロフィールの「好きなスポーツ」の項目には新しく「ドラゴンボート」が増えた。
初対面の人にこの質問を聞かれた時に回答するのが今から楽しみである。
人見知りさん・初心者さんこそ大歓迎!スタジアムでの居心地が変わった
スタジアムあるあるなのだが、いつも同じエリアで応援している人たち。
顔は分かるが名前が分からないのでとりあえず会釈する、という風潮がある。
それも悪くないのだが、今回同じエリアで応援する人たちと知り合えたことで
スタジアムの居心地が格段に変わったこともお伝えしておこう。
一緒に応援が出来ること、ゴール時にハイタッチ出来たり、
コンコースで挨拶出来ること。書き出すと地味に思われるかもしれないが、
いま私が自宅で変死してもN15の誰かが気が付き見つけてもらえるだろう。
この時代、ハンドルネームであっても名前を知ってくれている人がいるのは安心だ。
スタジアムに行くのも今まで以上に楽しみになった。
例えるならば、好きな女の子が出来た学校に行く気持ち。そう!そのバラ色気分なのである。
私は応援がヘタクソなサポーターだった
毎週末マリノスの応援をしているから、応援に関してはある程度知っているつもりだった。
しかし重要なことを理解しないまま応援していたのだ。
その重要なこととは「応援の力」である。
日常生活で「応援される」側の経験に乏しかったから、
応援された時、これほどにパワーが湧くことを知らずにいた。
サポーターが「応援の力」を知っていなくては試合時に声を出し続ける意味を見失うこともあるだろう。
足が止まりそうになった時、苦しい時間帯、きっとその声援が選手の力になっている。
山下公園陸上からの応援も、船内での励ましあう応援も、どんなに強い栄養ドリンクより効いた。
こんなに熱くて優しい応援を受けているマリノスの選手に嫉妬してしまうくらい。
このドラゴンボート以来、座席での応援のスタンスも良い意味で少し変わった。
応援する人が応援される側、を知ることも大事なのだ。
ドラゴンボートレースの出場にあたり、多くの方の尽力があったことも忘れてはいけない。
全員の体重を考慮して船のフォーメーションを考え、しおりを作成下さった方、
全員分の軍手を用意した方に、本番中、荷物を見て下さった方など…。
もちろん、横濱ドラゴンボートレースの運営ボランティアの方々もである。
5月の強い日差しと暑さの中、笑顔でサポートをして下さった全ての皆さん、
最高の思い出をありがとうございました。
また来年もみんな元気にボートを漕いでマリノスを地域に根差すことが出来ますように。
そして願わくはマリノスサポーターの出場と応援がさらに増えますように。
ドラゴンボートはいいぞ!
text: ささゆか (@ice_rosa)