マリノスが好きになったキッカケは何ですか?
今の観戦や応援スタイルに行き付いたキッカケは何ですか?
あの試合があったから今がある。
あの試合があったからここにいる。
そんな思い出に残っている試合を語ってもらう My First Game
今回は、西湘マリノスさんによる2003年11月に行われたvsジュビロ磐田の試合です。
- 今回は「西湘マリノス」さん(自己紹介)
- My First Game以前のきっかけ
- 西湘マリノスの「My First Game」:2003年11月29日 横浜 vs 磐田
- 初観戦のきっかけ
- 初観戦の思い出
- このきっかけに対する変化と今後
- 次回の「My First Game」
今回は「西湘マリノス」さん(自己紹介)
西湘マリノスです。
スタジアムではゲートフラグとカメラを手に試合を観戦してます。
My First Game以前のきっかけ
小学生の頃、父親が1991年に行われた第70回天皇杯全日本サッカー選手権大会の決勝で、日産自動車vs松下電器の試合をテレビで観ていたのを機に日産自動車サッカー部に興味を持ち、2年後のJリーグ開幕と同時に横浜マリノスを応援し始めました。
西湘マリノスの「My First Game」:2003年11月29日 横浜 vs 磐田
2003年11月29日(土)
Jリーグディビジョン1 2ndステージ第15節
横浜F・マリノス 2-1 ジュビロ磐田
@横浜国際総合競技場
得点者:02'グラウ(磐田) 50'マルキーニョス(横浜) 89'久保竜彦(横浜)
初観戦のきっかけ
Jリーグ開幕当初はテレビ観戦をはじめ、ハンドブックやサッカーマガジンなどの専門誌を読んで楽しむ程度でしたが、本格的にスタジアムへ足を運んだのは2003年から。
当時は埼玉県に下宿し、東京都内で働いているサラリーマンでした。
普段は仕事、休日は時々実家に帰るという無趣味な人間だったので、何か1つ趣味を持とうと決めたのが、地元神奈川のサッカークラブである「横浜F・マリノス」の試合観戦でした。
埼玉からは武蔵野線、中央線を利用して八王子まで行き、横浜線に乗り換えて新横浜まで通っていたため、そんなに時間が掛かったりせず遠いという印象は持ちませんでした。
新横浜駅に到着後は、当時のオフィシャルショップ「トリコポイント」に立ち寄ってからスタジアムに行ってたのが、今となっては懐かしい思い出です。
初観戦の思い出
2ndステージ第15節は、横浜、磐田、鹿島の3チームが優勝争いにもつれ込む大混戦でした。
首位磐田に勝ち点3差の3位にF・マリノスがついてましたので厳しい試合になることは予想してました。
開始早々から先制を許し、榎本哲也選手がバックパスによる相手選手とのラフプレーで退場となり、数的不利での状況で前半は1-0で終わったので、「勝つのは難しいな」と思ってました。
1stステージで優勝したため、万が一に備えてチャンピオンシップのチケットの用意はしていたから「どんな状況でも楽しく観よう」という考えでいました。
ところが後半に入ってから、セットプレーからマルキーニョス選手の同点ゴール。
後半ロスタイムには久保竜彦選手の値千金のヘッドで逆転ゴールで劇的な勝利。
F・マリノスの試合終了後、まだ行われていた鹿島と浦和との試合をスタジアムにいる全員でオーロラビジョンを使って観戦していましたが、その試合が引き分けに終わったため、得失点差でF・マリノスが逆転優勝することに。
2階ゴール裏で観戦していた私も、スタジアムの歓喜に酔いしれ、忙しい時期での最高な1日でした。
用意していたチャンピオンシップのチケットは1週間後に払い戻ししましたが、総合優勝して嬉しい反面、もっとF・マリノスを楽しみたかったという部分もありました。
このきっかけに対する変化と今後
2003年の総合優勝を機に、スタジアムへは月に1~2回は通うようになり、試合観戦を楽しむとともに親が日産グループの企業で働いていたということもあり、F・マリノスを応援することで両親、地元神奈川に恩返しをしようと思いました。
3年後には地元に戻り、試合を夢中で観に行っていた時期があり、スタジアムに行くとたくさんの人と出会い、いつの間にか自然と挨拶するようにもなりました。
近年はスタジアムへ足を運ぶ機会が減りましたが、サポーター活動に参加したりすることで、自分自身も成長させていただいてます。
これからも横浜F・マリノスを応援し続け、身近な所でいいアピールをして参ります。
次回の「My First Game」
この企画は、記事を書いた人が、次に書く人を指名するリレー形式で進行していきます。
次回の「MY FIRST GAME」は、トールさんへお願いしたいと思います。
text:西湘マリノス
edit:はち(@hachhing)