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スタジアムを熱く、楽しくする横浜F・マリノスサポーターのためのウェブマガジン「Web Magazine hamatra」(ウェブマガジン ハマトラ)  Presented by NPO法人ハマトラ・横浜フットボールネットワーク

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hamatra My First Game 027:Noel(2005年3月9日vs山東魯能)

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マリノスが好きになったキッカケは何ですか?
今の観戦や応援スタイルに行き付いたキッカケは何ですか?

あの試合があったから今がある。
あの試合があったからここにいる。

そんな思い出に残っている試合を語ってもらう My First Game

今回は、Noelさんによる2005年3月に行われたvs山東魯能(さんとうろのう)の試合です。

今回は「Noel」さん(自己紹介)

Noelといいます。今は個サポで定位置もなく試合毎に自由席で色々な場所から応援してます。

観戦歴は1999年からなので、横浜が「F・マリノス」になったシーズンからです。

その時は毎試合というよりかはホームの試合を年間数試合観戦している程度でした。

初観戦試合は1999年5月1日の名古屋戦だったと思います。 会社の人に日産時代からのファンがいたので、誘われて行った感じです。ピクシーの足技と、なぜか干されてた俊輔が思い出です(笑)

今回、My First Gameとして取り上げる試合は、それまでサポーターらしい活動は全然ないイチ横浜ファンだった自分が、チームをサポートして行きたいと思ったきっかけの試合です。

My First Game

2005年3月9日(水)
ACL Group-F 第1戦
横浜F・マリノス 0–1 山東魯能
@三ツ沢球技場
得点者:67'ガオ ヤオ(山東)

AFCチャンピオンズリーグ2005 - Wikipedia

観戦のきっかけ

2004年の悔しいACL予選敗退からの、チャンピオンシップ第2戦・埼玉スタジアム2002での劇的な勝利で掴んだACLの切符。

そんなACLでの初戦だったので、持ってた応援グッズは全部持って、かなりの気合で三ツ沢に向かったことを覚えています。

観戦の思い出

結果論ですが、今でもこの試合で負けた事がACL予選敗退につながったと思ってます。

試合展開は一方的に横浜が攻めてシュート数も上余る中、中々ゴールが決まらず、相手のラフプレイやマリーシアにイエローカードが7枚、また昨今あまり見られない相手GKが横浜サポーターを挑発してイエローをもらう等、非常に荒れた展開の中、後半23分にゴールを奪われてしまいます。

その後、山東は露骨な時間稼ぎを開始し、途中、イエローカード累積によるレッドカードで山東が10人になるも横浜は攻めきれずあっさり負けてしまいました。

初戦をホームで落とし、攻めていた上でノーゴール・・・そして荒れた試合展開、悔しさで涙したのを覚えています。その時、アウェイ観戦エリアで歓喜する10数人の山東サポーターの歓喜する姿が目に入り、その後、横浜のスタンドを見渡しました。

三ツ沢球技場の収容人数は15046人でこの試合の観客数6333人、平日開催とはいえ半分も埋まっていないスタンド・・・

その当時はユニを着用しているファン・サポーターは今ほど多くなく、トリコロール感もほぼありませんでした。

この光景を前に負けた「悔しさ」は、こちらのホームでチームへ後押しが出来なかった「後悔」に変わりました。

その後に、トリさんも書かれていましたが、あのアウェイの山東戦がありました。ここの試合の状況は推して知るべしです。

この試合で自分は横浜のサポーターになろうと決心しました。

それから13年経った今では三ツ沢開催の試合は平日だろうとホームゴール裏はほぼ満席、スタジアムはトリコロールで溢れています。

そして、今度こそ「私達の街には横浜F・マリノスがある」事を胸に、オール横浜の中、横浜F・マリノスがアジアの頂点に立ってくれる事が夢です!

次回の「My First Game」

「マリサポパパ会」でご一緒させていただいている、キンさんにバトンタッチします!

text:Noel
edit:ろこ(こけまり)

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